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中学2年生の冬でした。
私が学校に行けなくなったのは。しかし、私の中で学校に行きたくないとの気持ちはずっと前から出来ていました。
なぜ学校に行けなくなったのか。
その理由は友達が信じられなくなったからです。私は誰とでも仲良くする方でした。ある時、友達の沙織ちゃんと話をしていると、ある子の悪口を言い出しました。二人の関係が良くないのは知っていましたが、ここまで悪口を言うのかと思いました。
「あの子ムカツク」
から始まり、最後には「あの子と仲良くすると、あなたも外されるから仲良くしない方が良いよ」との脅しの言葉でした。
なぜこんなにひどいことが言えるのだろうと思いました。そして、そのことを間違っているとは誰も言わないのです。その子と仲良くしているクラスの多くの女子に疑問を持つようになりました。
そして、嫌悪感を持つようになりました。
それから私は、女子の輪の中に入ることが出来なくなったのです。きっと誰かを外す話題で面白がっているんだ、次は自分を外す話題をしているのだと想像すると、近寄れなくなってしまったのです。
ボスの女の子が怖いから、自分が外されないように、ボスの子が言うことは間違っていても正しいとしてしまい、自分は安全な所にいる。そんなクラスの仲間が嫌だし、怖くさえ感じるようになってしまいました。そして学校に行かなくなったのです。しかし、私の中で学校に行きたくないとの気持ちはずっと前から出来ていました。
そして、休みの次の日が休みがちになりました。それが続いて、
学校に行かなくなり、家の中にじっとしているようになると、家の人から色々と言われるようになりました。
幸い両親は、私のことを分かってくれたのですが、祖母が理解してくれませんでした。「なぜ学校に行かない。そんな風だから友達が出来ないのだ」と顔を合わすたびに言います。その言葉を聞くだけで心が暗くなってしまいます。その内にその言葉がストレスとなって来ました。
イライラするようになりました。物や人に当たり散らすようになってしまいました。
そんな私を見かねて母は、私をカウンセリングの受けられる病院に連れていきました。そこに度々通ううちに、思っていることや負担に感じていることを少しずつ話せるようになり、何とか心が落ちついて来ました。
中学3年になり、初めは少しの間は学校に行けました。
しかし女子の雰囲気は変わっていませんでした。やっぱり私にはこんな所は合わないのです。結局再び休むようになりました。でも、毎日がつまらなくてたまりません。単調な毎日です。何かやりたくて仕方ないのです。
そんな時に、中学1年の時にやった保育園でのボランティアを思い出しました。私は小さな子どもが好きだったので、母に話をして近くの保育園にボランティアをさせていただくよう頼んで貰いました。その園長先生は、私の事情も分かって下さり快く引き受けて下さったのです。
私が頼まれた仕事は、皆と一緒に活動出来ない子どもの世話でした。その子は人の話を聞けないのです。お母さんがほとんど子どもの世話をしない人で、ご飯の食べ方もトイレも何もかも一人では出来ない子でした。
その子のお世話は思った以上に大変でした。その内に心が通じたのでしょうか、その子が私に、
「おねがいします」「ありがとう」と言うようになってくれたのです。
とても嬉しかったです。その子の世話をしながら、その子から色々なことを学びました。そして保育士になりたいとの夢が湧いてきました。
純粋な子どもを育てる保育士になりたいとの夢を実現するには、高校に行かなければなりません。しかし全く勉強していない私は、中学の先生にも見捨てられ、希望した高校には当たり前のように落ちてしまいました。
そんな時に母が探してくれたのが日生学園で、それから一生懸命勉強して受験し、合格しました。そして今、ここにいます。
私は一度失敗しているので、もう悔しい思いをしたくありません。頑張っています。今やっていることを決して無駄にしないように、自分の道を自分で作って行きます。
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