「5年間いじめられ続けて、最後は・・・」
が原因となって不登校になった子供たちの体験記

「5年間いじめられ続けて、最後は・・・」

不登校期間 1年2ヶ月 愛知県岡崎市出身 高校3年女子  

学2年生の冬でした。

私が学校に行けなくなったのは。しかし、私の中で学校に行きたくないとの気持ちはずっと前から出来ていました。

なぜ学校に行けなくなったのか。

その理由は友達が信じられなくなったからです。私は誰とでも仲良くする方でした。ある時、友達の沙織ちゃんと話をしていると、ある子の悪口を言い出しました。二人の関係が良くないのは知っていましたが、ここまで悪口を言うのかと思いました。

「あの子ムカツク」

から始まり、最後には「あの子と仲良くすると、あなたも外されるから仲良くしない方が良いよ」との脅しの言葉でした。

なぜこんなにひどいことが言えるのだろうと思いました。そして、そのことを間違っているとは誰も言わないのです。その子と仲良くしているクラスの多くの女子に疑問を持つようになりました。

そして、嫌悪感を持つようになりました。

それから私は、女子の輪の中に入ることが出来なくなったのです。きっと誰かを外す話題で面白がっているんだ、次は自分を外す話題をしているのだと想像すると、近寄れなくなってしまったのです。

ボスの女の子が怖いから、自分が外されないように、ボスの子が言うことは間違っていても正しいとしてしまい、自分は安全な所にいる。そんなクラスの仲間が嫌だし、怖くさえ感じるようになってしまいました。そして学校に行かなくなったのです。しかし、私の中で学校に行きたくないとの気持ちはずっと前から出来ていました。



そして、休みの次の日が休みがちになりました。それが続いて、

学校に行かなくなり、家の中にじっとしているようになると、家の人から色々と言われるようになりました。

幸い両親は、私のことを分かってくれたのですが、祖母が理解してくれませんでした。「なぜ学校に行かない。そんな風だから友達が出来ないのだ」と顔を合わすたびに言います。その言葉を聞くだけで心が暗くなってしまいます。その内にその言葉がストレスとなって来ました。

イライラするようになりました。物や人に当たり散らすようになってしまいました。

そんな私を見かねて母は、私をカウンセリングの受けられる病院に連れていきました。そこに度々通ううちに、思っていることや負担に感じていることを少しずつ話せるようになり、何とか心が落ちついて来ました。

中学3年になり、初めは少しの間は学校に行けました。

しかし女子の雰囲気は変わっていませんでした。やっぱり私にはこんな所は合わないのです。結局再び休むようになりました。でも、毎日がつまらなくてたまりません。単調な毎日です。何かやりたくて仕方ないのです。

そんな時に、中学1年の時にやった保育園でのボランティアを思い出しました。私は小さな子どもが好きだったので、母に話をして近くの保育園にボランティアをさせていただくよう頼んで貰いました。その園長先生は、私の事情も分かって下さり快く引き受けて下さったのです。

私が頼まれた仕事は、皆と一緒に活動出来ない子どもの世話でした。その子は人の話を聞けないのです。お母さんがほとんど子どもの世話をしない人で、ご飯の食べ方もトイレも何もかも一人では出来ない子でした。

その子のお世話は思った以上に大変でした。その内に心が通じたのでしょうか、その子が私に、

「おねがいします」「ありがとう」と言うようになってくれたのです。

とても嬉しかったです。その子の世話をしながら、その子から色々なことを学びました。そして保育士になりたいとの夢が湧いてきました。

純粋な子どもを育てる保育士になりたいとの夢を実現するには、高校に行かなければなりません。しかし全く勉強していない私は、中学の先生にも見捨てられ、希望した高校には当たり前のように落ちてしまいました。

そんな時に母が探してくれたのが日生学園で、それから一生懸命勉強して受験し、合格しました。そして今、ここにいます。

私は一度失敗しているので、もう悔しい思いをしたくありません。頑張っています。今やっていることを決して無駄にしないように、自分の道を自分で作って行きます。



「5年間いじめられ続けて、最後は・・・」

不登校期間 1年7ヶ月 長野県長野市出身 高校2年男子  

因はひとりの級友です。

中学校へはボチボチ行っていました。1年の秋頃から部活へ行かなくなり、2年の5月からポツポツと学校に行かなくなりました。

仲の良かった友達を「あの子と同じ教室にいたくない。また何かされるに決まっている」と自分で決めつけて悩んでいました。段々不安定になり、学校に行けなくなってしまったのです。

最初の1週間は、本当に楽でした。でもそこからだんだんとつらくなって、何もかもが嫌になったんです。

今考えると、逃げることしか頭にありませんでした。

自分にとって安全と思う場所にただ逃げているだけでした。その当時は自分のことだけしか考えていませんでした。

そんな私が、自分以外の人のことを考えるのが普通になりました。今では、自分のことを後回しにして人のことを考えるようになりました。こんな考え方が出来るようになったのは、今年卒業した3年生のお蔭だと思います。自分のことよりも私のことを親身に思ってくれた卒業生のあの姿が私を変えました。

人の為に動くことは気分の良いことです。自分のことだったら逃げられるけど、人のことで逃げたら迷惑が掛かります。

「自分を押すのも大切だけど、他の人が迷惑しない程度にする。だけど正しいと信じることは、溜め込まないではっきりと言う」ことを教えて貰いました。
これからはこの考え方で、逃げることをせずに生きていきます。


「5年間いじめられ続けて、最後は・・・」

不登校期間 3年 神奈川県川崎市出身 高校1年女子  

は、小学校の頃から休みがちでした。

中学はマンモス校で3つの小学校からの生徒で埋まっていました。入学して直ぐに、生徒の数の多さに圧倒され、気後れしてしまい、自分は駄目だと思うようになりました。

そして登校拒否を始めたのです。

私は私の中で不登校が違和感なく受け入れられるようにしていたと思います。毎日毎日、何もせずにただ食べて、テレビを見ていました。自分がその現状について考えるのが怖かったので、自分で自分を無視するようにしました。

何も考えないように眠り続けました。

何もない生活、友達がどんどん去っていく。そうした現実に焦る気持ちも最初はありましたが、自分で自分を無視すれば、自分も他人もどうでも良くなりました。

そんな私を見かねた母が心療内科のクリニックを探し、そこに入院することになりました。そこで自分の心理を分析されました。自分を無視することで生きてきた私が、その自分を分析されることは、死ぬほど辛いことでした。同時に、自分を無視して生きてきた時間の空虚さが自分の中に飛び込んで来ました。

ここから、自分は再び立ち上がりました。

日生学園に入学して、不安になって泣いていると、同じ部屋の上級生が、自習時間の間ずっと私の話を聞いてくれました。その時初めて、人と関わることが安心を生むのだと分かったように思います。人への優しさが人と人をつなぐものであると。

「5年間いじめられ続けて、最後は・・・」

不登校期間 1年 長崎県佐世保市出身 高校2年男子  

直に言えば、随分我慢して中学に通っていました。

しかし、中学2年の後半に我慢の限界が来ました。同学年とは思えぬほど、程度の低い連中と同じクラスにいることが耐えられなくなったのです。

ところが、この学校でできた友達は、中学時代にいた無能な連中とは全く違っていました。自分から話しかけることができず、殆ど黙っている自分に、周りの人が優しく話しかけてくれるのです。こちらからなかなか声を掛けられない僕を、明るくカバーしてくれるのです。

出会って間もない人達です。

話してみると僕と同じように学校に行っていなかった人もいます。でも、明るく振る舞っています。僕以上に悲惨な中学時代を送っているのに、そうやって振る舞えるのは、多分僕以上に深く人生を考えた結果だと思います。

そんな中で、周りがせっかく明るく話しかけてくれるのだから、その気持ちに応じられるようにしなければと考えるようになり、僕も周りを明るくする人になりたいと思うようになりました。

それからは、僕と同じようにクラスでひとり淋しそうにしている人に話しかけるようにしました。一緒に食事をとったりもしました。そうするいちに、僕がそうであったように、積極的に話をしてくれるようになりました。

中学時代の1年半は、親に迷惑ばかり掛けました。今、その時間は一体何だったのだろうと悔しく思い出します。
この学校で素晴らしい仲間に出会いました。彼らとならば充実した時間が過ごせそうです。

「5年間いじめられ続けて、最後は・・・」

不登校期間 2年10ヶ月 徳島県徳島市出身 高校2年男子  

くて、ザワザワしていて、お互いを気づかうことなど全くありませんでした。

そのために中学時代、私は教室には行っていませんでした。教室の雰囲気がすごく嫌だったのです。陰で悪口を言い合ったり、時には嫌な態度をモロに出したり、耐えられない雰囲気でした。

担任の先生から、「今、普通に皆と同じように学校に来れなかったら、高校に行っても同じだぞ」と言われ続けていました。でも、あの教室の雰囲気を想像すると、結局最後まで教室に入ることができませんでした。

日生学園に入学しても、中学と同じように教室に行けなかったらと不安で一杯でした。でも、日生学園は違いました。

友達がすぐにできました。

私のことを気づかってくれる友達です。今では皆と同じように教室に行けます。「教室ギライ」ではなくなりました。優しい友達ができたから、教室が好きになりました。

「教室ギライ」が克服できたので、今度は、「勉強ギライ」を克服したいと思っています。空白期間の大きな勉強ですが、寮では上級生と机を並べて勉強しています。

宿題も全てやるようになりました。

辛いなあ、苦しいなあと思うときもあります。でも、一つずつ、少しずつ、「キライ」をなくしていきたいと思っています。
そして、「大好きな自分」になりたいです。


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