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不登校期間 4年 千葉県浦安市出身 高校3年男子 |
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対人恐怖症。
小学校1年生の時から5年間いじめ続けられた僕の診断結果です。そんな僕に進路を決めねばならない時期がやって来ました。
勉強面でも精神面でも、他の人とは大きな差ができてしまった僕です。すべてを変えないといけませんでした。
そんな僕に担任の先生がこの日生学園を勧めてくれたのです。新しい環境の方が、僕にとっては良いのではと思ったからです。
家から通える学校を選べば、また家に閉じこもってしまうのは自分でも分かっていました。
一旦閉じこもれば、また元の強度の対人恐怖症に陥るのは明らかですし、今度そうなったら、もう二度と立ち上がれないだろうとの追い詰められた心境がそうした選択をさせたのです。
入学してからしばらくの間は、僕にとっては試練の時期でした。
当時はまだ、人がたくさんいる場所にいるだけで怖くなる感じでした。ですから、ただ怖いという気持ちに立ち向かっていくというつもりで一日一日を過ごしていました。ただ必死に今の状況を良くしたいと思っていました。
そんな無我夢中の生活が続きました。恐怖心と戦いました。
そんな一日が1年となり、そしてとうとう卒業の時が迫って来ました。こんな僕が3年間寮生活を続けることができたのです。
中学の時のこと。
学校にも行かず、昼間一歩も外に出ず、ずっと家の中に閉じこもっていた自分が、本当に情けなく嫌いでたまりませんでした。しかし、この3年間で周りの状況が随分変わったと思います。周りが変わったのではないのでしょう。
たぶん自分が変わったから違って見えるのだと思います。
あの当時から思うと、まるで別の世界にいるような気がします。もし、何も変えようとせずにあのまま家に閉じこもっていたら、僕はあの時と何も変わっていないでしょう。3年間自分なりに一生懸命やってきて、今、自分を変えたのは自分だったんだなあと思います。
多くの友人や先生、先輩に親、そして多くの後輩の助けがあったからこそ変われました。
でも、最初に自分がここに行こうと決心しなければ、今の自分はなかったと思います。変える努力をしなかったら、立ち向かう気持ちがなかったら、今も何も変わっていなかったと思います。
卒業が間近に迫った今、大したことをしたわけではないけれど、何か大きなことをやり遂げたような気がします。しかし今の自分はまだ恐怖心を克服しただけです。
自分に何ができるのか分かっていません。これからじっくりと自分を見つめていきます。
自分の人生は自分で作っていくものだと思うから、自分の思うように自分を変えていきます。自分なりに一生懸命生きて、悔いのないようにします。
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不登校期間 3年 京都府城陽市市出身 高校2年男子 |
実は、一週間で学校に行けなくなりました。
中学に入ってすぐでした。いじめられたのが原因でした。なぜいじめられたのか?
そのころは理由はわかりませんでした。今となると、想像ができます。
たぶん、暗い子だったのだと思います。自分がいるだけで周りが暗くなってしまう子だったのだと思います。小学校のころからほとんど誰ともしゃべらずに単独行動ばかりしていました。だからいじめられたのだと思います。
学校に行かなくなってから、生活がすごく変わりました。
だんだんと寝る時間が遅くなってしまいました。朝の4時過ぎになって寝て、起きるのは午後の3時。きっと朝起きるのが嫌だったのだと思います。
朝起きれば、「学校に行かないと」と考えてしまうので、それから逃げたかったのだと思います。中学時代は何でも嫌なことからは逃げていました。すぐに逃げて、それでいつもいつも終わっていました。
だけど、そんな逃げてばかりの自分が嫌で仕方ありませんでした。でも、途中から学校に行く勇気も出なかったし、だから余計に、そんな自分が恥ずかしくて嫌でした。
今でも後悔しています。
行っておけばよかったと。途中からでも。
最近、母親から、「中学のころと比べるとずいぶん明るくなったよ」と言われました。そう言われると、今の自分は逃げなくなりました。それだから明るくなれたのだと思います。自分がこんなに変われたのは、上級生のおかげです。逃げようとするたびに励まして勇気をくれた上級生がいてくれたおかげです。
2年生になってから、上級生に「すごく成長したね」と言われました。
この言葉を聴いたときにすごくうれしかったし、日生学園にきてよかったと思いました。今から2年間逃げないで頑張れば、自分の性格ももっと変わると思います。去年先輩にしてもらったように、今年は1年生を励まして、一緒に頑張りたいと思っています。
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不登校期間 4年 大阪府四条畷市出身 高校3年男子 |
それは、小学校6年の時でした。
それまで仲の良かった友達と喧嘩をしました。それからいじめられるようになったのです。毎日陰湿にいじめられました。
以来、朝起きるとお腹が痛くなって、家の外に出られなくなりました。人と話をすることも、皆で笑ったり騒いだりすることも、すごく嫌いになりました。
それから中学時代もずっと不登校が続きました。人が嫌いと言うより怖くなったと言うほうがあっているかもしれません。部屋に閉じこもり、ほとんど一日中寝ているような状況でした。
中2になってから担任の先生が適応指導教室を紹介してくれました。
その教室に慣れるのにも時間が掛かりました。本当に行くようになったのは中2の2学期です。教室の仲間とだったら話ができるようになりました。一緒に遊びに行くこともできるようになりました。
実はその頃は親が嫌でたまらなかったのです。学校に行くようにと言い続けた親、自分が学校に行かないことで暗くなってしまった家庭。そこから早く離れたかったのです。それで日生学園を選びました。原因は自分にあるのに身勝手な話ですが、当時はそう思っていました。でも、日生学園に入学して寮生活を始めるとすぐに、親や兄弟の有り難さに気づかされました。
今は、介護や福祉の仕事をするという夢ができて、その関係の大学に進学する為に勉強しています。人が怖いと言っていた人間が寮生活を2年以上続けてます。
時々この現実が可笑しくなります。
一日中寝ていた人間が、睡眠時間を削って受験勉強しているのですから・・・ |
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不登校期間 4年 静岡県静岡市 高校1年男子 |
今でも分からない。
小学校の初め頃は普通に誰とでも話せました。先生ともしゃべることが出来ていたのですが、4年生の頃から人と話をするのが苦手になってしまったのです
。どうして苦手になったのか、その頃の記憶がありません。だからどうしてそうなってしまったのか、今でも分からないのです。
中学に行って、人見知りが余計に激しくなりました。
同じクラスの子とも、先生とも話をすることができません。話しかけられても恥ずかしくて恥ずかしくて、こたえることができませんでした。その内に、だんだんと皆に特別視されるようになりました。それに耐えられなくて、最初の1週間だけしか学校に行けませんでした。
書いていいのかどうか、実はいじめられたのです。
クラスの男の子が、しゃべらないのが気にくわないと思ったのだと思いますが、いじめを始めたのです。その内にあきるだろうと我慢していたのですが、だんだんエスカレートしたのです。それを誰にも言えず、結局行けなくなってしまったのです。
日生学園に来て、寮生活をして、普通に友達とも先生とも話ができるようになりました。クラスメイトとも当たり前のように話ができるのです。こんな短期間で、こんなに長い間苦しんでいたことが治ったのです。不思議で仕方ありません。うれしいです
今はずいぶん遅れている勉強を頑張ってしています。3年間頑張ります。
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